ログインステファンとアナマリアに連れられて、ギルドの裏手にある闘技場の様な場所に出た。正方形の舞台に、周囲には見物できる客席まである。冒険者同士が互いに切磋琢磨するためと、冒険者適性を見る目的で造られたものだろう。
「私はここでカリナ様の勇士を見学させて頂きますね」
「ああ、どうせすぐ終わる。気楽に見学しておいてくれ」
舞台に飛び乗って、ストレッチなどの準備運動をする。そこへ、ギルドの裏口から五人組の冒険者達が現れた。見るからに柄が悪そうである。
「おい、ギルマスー! 来てやったぞ。ちっ、こんな小娘の相手をBランクの俺様がやらされるとは面倒臭くて仕方ねえ」
赤毛の坊主頭の男が悪態を吐いた。装備からして格闘家だろう。
「まあまあ、イヴォー、所詮新人の適正テストみたいなもんでしょ? すぐ終わりますって」
黒髪の魔法使いのローブを着た青年がイヴォーという多分リーダー格の男にごまをする。
「こんな勝負が見えている模擬戦なんて時間の無駄だ」
青髪で聖職者の法衣を纏った男も愚痴をこぼした。ああ、本当に感じが悪い連中だなとカリナは思った。
「ま、私の実力なら誰が相手でも楽勝よ」
薄いピンクヘアの女性も軽口を叩く。身なりからして恐らく剣士だ。金属のプレートのライトメイルに腰にはレイピアを差している。
「でもBランクを指名して来るくらいだから……。凄い相手だったらどうしよう……」
最後に白髪の青年が竪琴を持って現れた。音楽によるバフをかける役目だろう。しかし、この男だけは気弱そうである。
グレイトドラゴンズというギルド名のメンバーが集まったところで、ステファンが声を掛ける。
「よく来てくれた。今日の模擬戦は今舞台にいる少女が相手だ。召喚士で魔法剣士でもある。まあ気を抜かない様にな」
「はぁ? 召喚士だって? おいおい、ギルマス、冗談だろ? そんな絶滅危惧種が今いるのかよ?」
「イヴォーよ、相手はカシュー国王陛下からの推薦のあった人物。そしてカーズ王国騎士団長の妹君でもある。油断すると死ぬかもしれんぞ」
「へっ、そうかい。兄の七光りってやつかよ。舐めてんじゃねえぞ。俺様一人で十分だ。さっさとボロ雑巾にしてやるよ、小娘!」
はあ、と溜め息を吐いたカリナは、いきり立っているイヴォーという男を見てうんざりしたが、この程度の相手なら五人一気に相手に出来なければ話にならない。
「いや、お前ら全員で構わないぞ。こっちには召喚術がある。相手が何人でも同じだ」
その言葉に頭に来たイヴォーは残りのメンバーに声を掛けた。
「そうかよ、じゃあ此方は格闘家の俺に魔法使いのニーコ、僧侶のサムエル、剣士のレモナ、それと吟遊詩人のジュキーの全員で相手をしてやるぜ。後で泣いて謝っても知らねーからな。後悔させてやるぜ小娘」
「やれやれ、中途半端に力を手にした輩は直ぐに増長するんだな。来いよ、その鼻っ柱をへし折ってやるから」
カリナの挑発に煽り耐性ゼロのグレイトドラゴンズ(笑)は全員が舞台の上に乗った。カリナの前には格闘家のイヴォーと剣士のレモナが立ちはだかる。その後ろに魔法使いのニーコと僧侶のサムエル、最後尾にバッファーである吟遊詩人のジュキーが陣取った。
「まあ、彼女の力量を確かめるにはこのくらいのハンデがある方がいいのかもしれんな。では始めろ!」
ステファンがそう言うと、レモナが剣を抜き、イヴォーが構える。そしてニーコは魔法の詠唱を始め、サムエルは味方の怪我に備えて回復の準備をする。そして最後尾からジュキーの竪琴が響き渡った。
「ほう、なかなかの連携だな。伊達にBランクではないということか」
カリナは剣も抜かずに棒立ちである。それを見たアナマリアがルナフレアに「大丈夫なのですか?」と尋ねたが、ルナフレアはふふっ、と笑みを浮かべただけだった。
「剣も抜かないとはふざけやがって。喰らえ!」
イヴォーの正拳突きを軽く左手で受け止めると、がら空きになったボディにカリナの右拳がめり込んだ。その一撃でイヴォーはあっけなく失神した。
「なっ、どういうこと?!」
即座に左手で刀の
「あれがカリナ様の力です。まだまだ本気ではありませんよ」
「ななな……」
ルナフレアの言葉にアナマリアは言葉が出なかった。
「くっ、まさかこんな奴がいるなんて。ならば喰らえ、炎よ! ファイアー・ボール!」
ニーコから放たれた火球がカリナに向かって来る。
「魔法剣ブリザード」
パキィイイイイイン!!!
飛んで来た数発の火球は斬り裂かれて凍結し、その場に落ちて砕け散った。
「なあー!? 僕の魔法が凍り付くなんて!」
「じゃあ次はお前だな。大地の
ドドドドドドッ!!!
撃ち出された石弾がニーコの身体に炸裂すると同時にイヴォーの腰ぎんちゃくぽい男は後ろ向きに倒れた。
「やるじゃないか、だけど僕をこいつらと一緒にしないことだね。さあ、神聖なる輝きよ、敵を討て! ホーリー・ジャベリン!」
輝く光の槍が放たれる。
「召喚、ホーリーナイト」
ガキィン!!!
瞬時に呼び出された白騎士の巨大な盾によって、サムエルの魔法は簡単に飛散した。驚いているその隙に背後へ周り、首筋に剣の柄での一撃を喰らわせると、サムエルもその場に転がった。
「残るは一人だけだな」
「そんな……。みんながこんなにもあっさりとやられるなんて。だったらこの竪琴の威力で君の歩みを止めてみせる。ストリンガー・レクイエム!」
奏でられていた竪琴の弦がカリナに巻き付き締め上げた。
「さあ、これでもう身動きは取れない。次に僕が技の威力を上げたら四肢がズタズタになるよ。もう降参してくれ」
「なるほど、竪琴の弦が攻撃にも応用できるんだな。だが、私には意味がない。召喚、シャドウナイト」
呼び出された黒騎士の大剣が竪琴の弦を斬り裂いた。
「そんな、ストリンガー・レクイエムを斬り裂くなんて……」
「妙だな、お前はこの中で一番強い力を秘めているのに。なぜこんな三流ギルドのメンバーでいるんだ?」
「そ、それは……」
「お前の演奏による能力の底上げがなかったら、他のメンバーはもっと話にならなかったぞ」
「言わないでくれ……。僕は彼らと友人なんだ。例え良いように使われていてもそれは変わらないから……」
「そうか、まあお前にも都合があるんだろう。じゃあ最後は演奏勝負をしようか。来たれ、
カリナの足元から海の様な水しぶきが舞い、そこから蠱惑的な衣装を身に纏ったセイレーンが姿を現す。そしてカリナの頬に口づけすると、ふわりと笑った。
「お久しぶりー、御主人。今日は何の用かな?」
「ああ、あの男の竪琴とお前の歌声で勝負してやってくれ」
突然現れたまるで人魚の様な美しさを秘めたセイレーンにジュキーは目が釘付けになる。
「くっ、召喚体か。だったら僕も全力を尽くすのみ。竪琴よ応えてくれ、聞け、この調べを! ストリンガー・ノクターン!」
奏でられる音の威力がカリナ達を飲み込んだ。このまま反撃しなければ五感を奪われて意識を失う程の力を持った美しい旋律である。だがカリナとセイレーンは顔を見合わせて、にっと笑うと、セイレーンが歌声を上げ始める。
「見事な旋律だな。だが相手が悪かった。ギリシャ神話において海の魔物と怖れられるセイレーン。その歌声は何百という船の乗客を狂わせ、幻覚に囚われた者を貪り食うとさえ言われている。規模が違うんだよ」
セイレーンが発する歌声がジュキーの竪琴を打ち消していく。ヘヴンリー・コンチェルト。聞く者全てを天に導くと言われるセイレーンの優雅な歌声が竪琴の音を完全に凌駕した。
「うわあああああああ!!!」
衝撃で吹き飛ぶジュキー。そして手放した竪琴が視界の前に転がった。これで全員戦闘不能。カリナの圧倒的な勝利であった。
「そこまで、勝者カリナ!」
ステファンの声が木霊する。その後気を失ったグレイトドラゴンズ達に簡単な治癒魔法を施すと、彼らは意識を取り戻した。たった一人の少女にあっさりとのされた彼らは、「次は負けねーからな」と負け惜しみを言って舞台を去って行った。
「ご苦労だったなセイレーン。また頼む」
「うんうん、いつでも呼んでよねー」
そう言って笑うと、召喚体達は光の粒子となって消えて行った。カリナは見学席で見ていたルナフレアにピースをすると、舞台から降りた。そこへステファンが近づいて来る。
「お見事でした。彼らは最近調子に乗っておったのですよ。これで上には上がいると思い知ったでしょう」
カリナはその言い草に、なるほどと思った。王の推薦が出る程である。合格するのは当然であるという前提でひと芝居打ったのだろう。
「謀ったな。まあこっちにとってはちょっとした運動になったけどさ」
「ははは、お見通しでしたか。さすがは陛下の推薦なだけはある。推薦通り、いや、Bランクでも歯が立たないのですからBランクを与えなければなりませんね。召喚魔法もお見事でした。陛下からは私から書状を送っておきます。それでは受付で新規のカードを発行致しますので、お受け取り下さい」
「ありがとう、それならありがたく頂戴しようかな」
「良かったですね、カリナ様」
見学席から降りて来たルナフレアが声を掛けて来た。
「そうだな。でも悪かったよ。変なことに巻き込んだみたいになったし」
「いいえ、カリナ様の勇士が見れて満足です。やはりカリナ様は私がお仕えするに値する人物です」
そこまで褒められると何だかむず痒くなったカリナは話題を逸らす。
「さて、時間も食っちゃったし、カードを発行して貰ったらショッピングやらお勧めされたお店に行ってみよう」
「はい、そうですね。楽しみにしております」
そう言って笑うルナフレアは本当に綺麗に見えた。
◆◆◆ 「はい、こちらが新しいカードになります。身分証になりますので無くさないで下さいね。首から掛けて服の中に入れておくといいかもしれませんよ」受付で新品のカードを受け取る。とりあえずは首から下げておくかと思い、紐を頭にくぐらせる。これで今日の用事は終わった。
ふと周囲を見渡すと、大勢の冒険者達が噂話をしている。
「あのお嬢ちゃんが単独でグレイトドラゴンズをボコったらしいぞ」
「すげえな、まだあんな女の子だってのに……」
「まあ奴らは調子に乗ってたからな、いい気味だぜ」
「それにしても可愛いな。俺、声かけてみようかな?」
何やら物騒なことを言っている輩もいる。ここにいるのは危険だと察知したカリナはルナフレアの手を引いて、さっさとギルドから退散するのであった。
街の通りに備え付けられている時計を見ると、もう昼を回っていた。カリナはルナフレアと一緒に衛兵に勧められたアンティークというレストランを目指して、商業区のマップを見ながら歩き始めた。
疲労で仰向けに倒れ込んだカリナは、まだ明るい空を見上げていた。VAOがゲームのときは、その中でいくら身体を動かしても、実際には現実の身体を動かしてはいない。そのため、長時間のプレイで精神的に疲れることがあっても肉体に疲労感を感じることなどなかった。しかし、今のこの世界は現実世界と何ら変わりない。身体に感じる疲労感がそのことを物語っていた。「長時間の戦闘には気を付けないといけないな……」 危険な攻撃を躱す瞬間に擦り減る神経。接触した際に響く衝撃。敵を斬り裂き、殴り飛ばす時に感じるリアルな感触。どれもが僅かだが、少しずつ疲労を蓄積させる。ゲーム内でのステータスは今は見えないが、これまでに鍛え抜いた力があるだけに、現実世界で急激な運動をしたとき程の負担がある訳ではないが、ある程度の自分の限界は見定めておくべきだと思うのだった。 深呼吸をしてから、ゆっくりと立ち上がる。身に纏っていた聖衣が解除され、ペガサスの姿に戻る。同時に二対の黄金の剣に姿を変えていた蟹のプレセペも元の姿に戻った。「ご苦労だったなお前達、また力を貸してくれ」 ペガサスの頭と巨大な蟹の甲羅の背中を撫でる。「所詮は伯爵レベルよな。我の力があれば主も余裕であっただろう。では次の機会を楽しみにしているぞ」 大口を叩く巨蟹のプレセペ。二体の召喚獣は光の粒子に包まれて消えていった。その光が空へ向けて霧散していくのを見守っていると、魔物の討伐を終えたワルキューレの姉妹達が、カリナの下へ集結して来た。「主様、討伐完了致しました。目に着いた怪我人も我々が治療しておきました。燃えていた建物も、ミストの水魔法で消火済みです」 その場に跪いたヒルダが報告する。「そうか、よくやってくれた。感謝する。ありがとう。お前達の御陰で被害は少なくて済んだみたいだな」「私達を即座に現場に送り込んだ主様の判断の御陰ですよ。私達はただ任務を熟したに過ぎません」 黒髪のロングヘアが美しいカーラが答える。「それに私達にはそれぞれ得意な属性があります。それを上手く分担したまでですよ」 金髪のエイルが胸を張った。 ワルキューレまたはヴァルキュリャ、ヴァルキリー「戦死者を選ぶもの」の意は、北欧神話で戦場で生きる者と死ぬ者を定める女性、及びその軍団のことである。 北欧神話において、ワルキューレは多数存在
悪魔が炎によって燃え尽きたのを見届けると、カリナはカシューに連絡を取った。「聞こえていたか、カシュー?」「うん、どうやら色々と考察する余地がありそうだね」 イヤホンの向こうから、真剣なカシューの声が聞こえる。「先ずは奴の言っていたことが気にかかる。近くの街はチェスターだ。情報通りならそこに悪魔が向かっていることになる。私は急いで戻る。そっちからも援軍を出してくれないか?」「わかった、戦車部隊に戦力を乗せて全速力で向かわせるよ。それなりの距離だから間に合うか微妙だけどね」「頼んだ。とりあえず一旦切るぞ」「了解、また何かあればよろしく」 カシューの返答を聞いてから、左耳のイヤホンに注いでいた魔力を切った。急いで街に戻らなければならない。意識を切り替えて、真眼と魔眼の効果を解除した。聖衣が身体から外れて、黄金の獅子のカイザーの姿へと戻る。「お見事でした、我が主よ」「いや、お前の力がなければ危なかったよ。ありがとう、また呼んだときは頼んだぞ。ゆっくり休んでくれ」 光の粒子になってカイザーは消えていった。そして湖の中から自動回復した黒騎士達が戻って来た。ヤコフの両親を運ぶのはこの騎士達に任せるとするかと考えていたとき、背後からシルバーウイングの面々が押しかけて来た。「やったな、まさか本当に悪魔を斃してしまうとは」「ああ、すげーぜ! こっちまで興奮してきた」 アベルとロックは単独で悪魔を撃破した少女に称賛の言葉を贈る。「ええ、召喚術ってすごいのね。しかもあの召喚獣を身に纏う戦い方なんて初めて目にしたわ」「しかも結局格闘術だけで押し切ってしまいましたね。魔法剣を使うまでもなかったということでしょうか?」 エリアとセリナも興奮が抑えきれないのか、矢継ぎ早に話しかけて来る。「あれは聖衣という召喚獣の力をその身に纏う鉄壁の鎧だ。あらゆる能力が著しく向上する私の奥の手だよ。召喚獣との信頼関係がないと身に纏うことはできないけどな」 剣を使わなかったのは、格闘術だけでどこまでやれるかという実験でもあった。生身の拳では致命傷は与えられなかったが、それなりに戦えることがわかっただけでも、カリナにとっては大きな収穫になった。「そうだ、ヤコフの両親の容態はどうなってる?」「出来る限りの治療はしたから一命は取り留めたわ。でもまだ意識
カリナの格闘術の一撃で怯んだ悪魔侯爵イペス・ヘッジナだったが、すぐさま体勢を立て直し、身体から黒い炎を撒き散らしながらカリナへと突進して来た。「おのれ、小娘がっ!」 振るった大鎌が空を斬る。カリナは大振りな悪魔の攻撃に意識を集中させ、瞬歩で即座に距離を取る。そこに生まれた一瞬の隙の間に懐に飛び込み、右拳での一撃をどてっ腹の中心部に撃ち込んだ。格闘術、烈衝拳。土属性の魔力を纏った、まるで鋼鉄の様に硬化された拳の一撃。悪魔の赤黒い鎧に僅かに亀裂が走る。 カリナは召喚術が実装されるまでは基本的に剣術と格闘術を中心に熟練度を上げていた。そこへ剣技の威力を上げるために魔法を習得した。魔法剣の習得は魔力の底上げとなった。それの副次効果で、魔力を帯びた特殊な格闘術の技能も全般的に威力を向上させることに成功したのである。「がはっ、何だ……? この威力は?!」「だから言っただろう。小突いただけだとな」「小癪なっ!」 力任せの大振りの鎌を瞬歩を使用して紙一重で躱す。そのまま一気に巨体の股の下を潜り抜けて後ろを取ると、背後から風の魔力を纏った左脚での回し蹴りを見舞った。格闘術、烈風脚。悪魔の背にある翼の付け根に繰り出した蹴りが撃ち込まれる。「がああっ!」 竜巻の如き強烈な蹴りに悪魔は仰け反るが、すぐさま持ち直し、黒炎を撒き散らしながら突進して来る。 イペスの攻撃は大振りで読み易いということを既にカリナは見抜いている。しかし、それでもその巨体から繰り出される攻撃は異常な破壊力を秘めており、一撃でもまともに喰らえばかなりのダメージを負うだろう。最悪骨の数本は持っていかれる。一撃も貰うわけにはいかない。スレスレで回避する度に神経が擦り減っていく。「があああっ!」 上段から大鎌を振り被った渾身の一撃を敢えて前方に踏み込み、懐に入るようにして躱す。そのまま空振りをした硬直状態の悪魔の身体を駆け上がり、眼前で左拳を振り被る。「格闘術、紅蓮爆炎拳!」 ドゴオオオオオオッ!!! 炎の魔力を纏った高熱の拳が炸裂すると同時に頭全体を巻き込んで爆発した。衝撃で痺れる拳の代わりに、悪魔は後方へと後退る。「ぐはあああああっ!」 それでもまだこの悪魔侯爵は倒れない。やはり高位の悪魔だけあって相当に打たれ強く頑強であ
「あ、戻って来た。カリナちゃーん!」 死者の間の祭壇から帰還して来るカリナを見つけたエリアは、カリナの方へ向かって手を振った。「もう用事は済んだのか?」 ロックは口に何かを入れた状態で、手にはサンドイッチが乗せられている。「ああ、一応な。ってなんだ、食事中だったのか」 持ち込んだ食材をセリナとアベルが料理している。それをヤコフを含めた他の面々が食べているところだった。エリアもアイテムボックスから次の食材を取り出しているところだった。NPCであっても冒険者はアイテムボックスを使うことができるのかということをカリナは初めて知った。 確かにこの迷宮に挑むとき、彼らは大した荷物を持っていなかった。それはこういうことだったのかとカリナは得心した。「食事は簡単なものだが、一応拘ってやっているんだ。冒険中には腹が空くこともある。食べるってのは活力を回復させるのには一番だからな」「そういうこと。まあそんなに手の込んだ料理は作れないけどね」 アベルとセリナは起こした火の上で薄い肉や野菜を焼いて、それをパンに挟んでいる。最初にロックが手にしていたのはこれだったのかとカリナは知った。そう言えば、もう迷宮に入ってそれなりの時間が経つ。昼を回っている頃だ。カリナは自分も多少小腹が空いていることに気付かされた。「ほら、カリナ嬢ちゃんも食べな。飲み物はお茶を沸かしてある」「そうだな、お前達が食べているのを見ていたら小腹が空いて来た。じゃあ頂こうかな」 アベルからサンドイッチとお茶を受け取り、地べたに座り込む。簡単な食事だが、活力が湧いて来るのを感じる。現実の冒険であれば当然のことだが、途中で補給を行う必要がある。VAOがゲームのときにはなかった現実的な問題である。これも世界が変わった影響で、今後もこういった発見があると思うと、カリナは内心ワクワク感が湧き上がって来るのを感じた。「ヤコフ、ちゃんと食べているか?」「うん、さっき貰ったから食べたよ。美味しかった」「そうか、良かったな」 魔物をヒルダが一掃したので、辺りにはもう何の気配もない。時間が経てばリポップすることになるのだろうが、暫くは問題ないだろう。渡されたカップに注がれたお茶を啜りながらカリナはそう思った。 食事を終え、少し休憩した後、一同は地底湖のある階層に進むことに決めた。普段は何も出現しない、鍾乳洞
迷宮の扉を開けて中へと入ると、地下へと続く広い通路に階段がある。そこを降って行くと迷路の様に広がる巨大な階層へと到達した。 VAOの頃からこの迷宮は地下7層まである。その下には地底湖が広がっていて調度良い休憩場所にもなっていた。そして7層にある死者の間には巨大な鏡があり、そこでは死者に会えるという設定があった。ゲームの頃にはただの設定だったが、今や現実となったこの世界では、本当に死者に会えるのかも知れない。カリナの目的の一つは、その鏡の前で過去に死に別れたある女性との再会が可能かどうかを確かめることだった。 一行が迷宮を進んで行くと、前方から魔物の気配が近づいて来た。「おいでなすったぜ、死者の迷宮の定番。グールにスケルトンだ」 ロックがそう言って二刀のナイフを抜く。他のメンバーも戦闘の準備に入り、襲い来る魔物達をなぎ倒していくのだが、カリナは後方でヤコフの側に白騎士を待機させて眺めていた。「張り切っているなあ。このままでは私の出番はないかもしれない」「カリナお姉ちゃんも戦いに参加したいの?」「うーん、あのぐじゅぐじゅしたアンデッドに関わりたくはないのが本音かな……。できれば触りたくない、臭い」 現実となった世界では、この死者の迷宮内部の腐臭は酷いものだった。鼻がひん曲がりそうである。アンデッドが湧き続ける限り、この悪臭が続くのかと思うと、気が遠くなりそうになった。それにこのまま素直に正攻法で攻略していては時間がかなりかかりそうである。ヤコフの両親の安否も気になるため、カリナは一気にこの迷宮の魔物を掃除することに決めた。 その場で両手を広げ、魔法陣を展開させて詠唱の祝詞を唱える。「遥かヴァルハラへと繋がる道を護る者よ、炎を纏う戦乙女よ、その姿を現せ!」 重ねた魔法陣が地面へと移動し、そこから白いロングスカートに全身鎧を身に纏った戦乙女、ワルキューレが姿を現した。「お久し振りでございます、主様。ワルキューレ、ヒルダ。ここに参上致しました」 戦闘を終えて戻って来たシルバーウイングの面々も初めて見る召喚魔法とその召喚体の美しさに目を奪われている。「ああ、久し振りだな。どうやら長い時間お前達を放置してしまったみたいだ。申し訳ない。いつの間にか時が流れていたみたいでな」「いえ、こうしてまた呼んで頂き光栄でございます。さて、此度の御用は如何なもの
宿の女将さんに教えてもらった防具屋に着く。まだそれなりに早い時間帯だが、その店は既に営業を開始していた。入り口の扉に「OPEN」と書かれた札が掛けられている。カリナがヤコフを連れて店に入ると、店の店主が声を掛けて来た。「おや、いらっしゃい。こいつは可愛らしいお客さんだ。もしかして冒険者なのかい?」 店主はどうやらドワーフのようで、恰幅の良い体格、言い換えればずんぐりとした小柄の体格に顔には立派な髭を蓄えていた。手先が器用な種族で鍛冶や生産などにその能力を発揮する。ゲームプレイヤーなら誰もがある程度は知っている知識である。 その店主は、まだ幼さが残る少女が小さな子供を連れて来たので驚いたのだろう。「おはよう。店主、済まないがこの子に合う防具を見繕ってくれないだろうか?」「まあ、客の要望だから応えさせてもらうが……。こんな子供を冒険にでも連れ出すつもりなのかい?」「少々訳ありでな。この子のことは私が守る約束だが、万が一に備えてね。どうかな?」「ふむ、客の事情には深入りはせん主義だ。子供でも着れる軽い装備を準備しよう」「話が早くて助かるよ」 店主はヤコフの身体をごつい手で掴み、素早く寸法を測り終えると、身体に合うサイズの軽いレザーアーマーを着せてくれた。頭にもなめし皮で作られた頑丈な皮の帽子の様な兜を被せた。さすがドワーフだけあって、皮の製品であっても硬く、防御性能は高そうである。この装備に依存する展開が来ないことが一番だが、念には念を入れてのことである。「これでどうだ? ウチでは一番小さいサイズだが、かなり硬くなめした皮で作っているから、多少の攻撃ではびくともしないはずだ」 鎧と帽子を身に付けたヤコフが鏡の前で自分の姿を見て確かめている。「すごいね、これ。硬いのに軽いから着ていても全然苦しくないよ」「そうか、ならそれにしよう。店主、値段は幾らだろうか?」「そうだな、本当は二つ合わせて8,000セリンだが、サイズが合う人間がいなくてな。もう売れないと思っていたから5,000に負けておくよ。それでどうだ?」「わかった、それで十分だよ。ありがとう」 カリナが代金を払うと、店主から「まいどあり」という言葉が返って来た。こういう店での定番のやり取りである。「良い買い物ができた。また機会があれば寄らせてもらうよ」「おう、気を付けて行ってきな」